建築・都市ワークショップ発売。
フラジャイルなセンサー
ダンボール・ハウス、すなわち小さなシェルターは都市の見えないランドスケープを探るセンサーである。多摩川の橋脚に寄り添うようにつくられたダンボール・ハウスがある。よく見れば目前の橋脚だけでなく、その向こうにもある。そして、さらにその向こうの柱にも寄り添っているではないか。土木的なコンクリートの圧倒的な柱にくらべると、なんとフラジャイルな存在だろうか。
「家族の生活をともなったエネルギーに満ちあふれる賑やかなスラムとは違って」と宮本が書くように、写真のハウス回りに活気はない。ほとんどヒトの姿も見られない。「浅草隅田川」堤防のダンボール・ハウスでさえ、点々と並びながらもコミュニティを形成しているようには見えない。もちろん住人はそこらに棲んでいるはずだ。しかし、宮本が大型カメラを通して焼き込んだ映像には、都市に生じた真空、ウロのような場所にひっそりと立つハウスの時間しか映り込んでいない。
20年間ダンボール・ハウスに向かいつづけた宮本は、やがて三脚と大型カメラを捨てることでハウスの時間にぴったりと共振する方法を獲得した。ハウスを模したベニアのハコを都市のウロに設置し、印画紙とともに自らその中に棲み込み映像を焼き込む方法、すなわちピンホール写真である。ピンホール写真には都市のランドスケープに影のような宮本自身が映り込んでいる。
こうしてわれわれは宮本のダンボール・ハウスの写真とピンホール写真は、一対の仕事であったことに気付かされる。ハウスに向き合えばハウスからの視線は獲得できないし、自らがハウスに入り込むと都市のウロに寄り添うハウスは見えないという、ジレンマの現れなのだけれども。
ダンボール・ハウスから見える風景は、写真の背後に広がる、われわれにとって見慣れている、ありふれた活気溢れた都市のランドスケープにほかならない。そうではなく、ハウスが発見したものは、都市の土木、活気、雑音、情報、そしてコミュニケーションやコミュニティに、たった一枚のダンボールで接して生じ得る奇跡的な身体的空間なのである。われわれはダンボール・ハウスと、そして宮本の写真を通じてしか、都市のこのようなフラジャイルな空間に出合うことはできない。
A4横版、上製、150頁、写真76点
著者: 宮本隆司
デザイン: 赤崎正一
発行: bearlin.com
発売: 建築・都市ワークショップ

