本書の内容はタイトルに全て表されている。筆者(ベテラン建築編集者)も知らなかったという業界では無名の建築家の作品群を二日間で六十あまり実見したレポートでもある。めざす住宅やビルは町中に「信号機の間隔ていど」にある。筆者の印象は「あまりにも何気ない」「まったく普通の家」「ありふれたまちの建物」といったもので、歯がゆさがのこる。が、最後に町医者のようなクライアントの生命を守る、総合的な建築家だったということに思い至る。
たしかに、巻頭のカラー頁で紹介されている五十嵐の住宅作品の写真を改めて見ると、建築家のスタイルや思想を読み取らせるものではないから同感するのだが、それでも居心地は悪い。外壁ではいろんなタイルが、部屋にあってはクロス張りが、手すりやフェンスや回り縁や上がり框が、ウルサくもある。なぜそんな素材を用い、デザインを採用するのか理解できないのである。キッチュ、悪趣味だというわけではないが、現代の建築家なら、けっして用いることのない素材、ディテールを好み、ふんだんに用いているである。
いくつかの住宅のクライアントのインタビューを読んで、その理由がわかった。五十嵐正の建築は、家ほめのことばを共有しているのだ、ということが。クライアントも建築家も、その家の工夫と見立てのツボを完全に共有できているのだ。
ひるがえって、現代の建築家による住宅を見に行ったとき「家ほめ」ことばをいくつ並べられるだろうか?たぶん構造や主たるマテリアル、あるいは断熱性能についてほめれば、あとは沈黙するしかないだろう。それにくらべて、本書に出てくる住宅のゆたかな、艶のあるディテールや素材。写真を眺めるだけでも、その奥行きを感じることができる。
たぶん、五十嵐建築の、直接のクライアントだけではなく、帯広では道行く人も、その住宅やビル前を通り過ぎるときに、家ほめのことばを無意識に投げかけていたのに違いない。
町医者的な建築家とはこのような家ほめ、大げさにいえば建築に対する言語活動全体について面倒を見続けることのできた人のことを言うのだろう。ダンディな建築家とはこういう大きな視野と実践者について捧げられる言葉だろう。新しい建築家の発掘というわけではないが、そんなことを気づかせてくれる、本格的な建築書である。
(文:植田実、写真:藤塚光政、西田書店)
![]() | 植田実 発行・発売: 西田書店 年: ASIN: 4888664544 製本: 単行本 価格: ¥ 1,575 JPY |

